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【試写室からの報告】眼を背けてはいけない20世紀最も衝撃的な実話、アウシュヴィッツ強制収容所のナチス医師の戦後の潜伏劇を描いた映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』         

 アウシュヴィッツ強制収容所に触れた作品では、『関心領域』(2023)や、『アウシュヴィッツの生還者』(2021)などが記憶に新しい。決して明るく楽しい作品ではないが、21世紀を生きる私たちが、不幸な歴史を知り、それを繰り返さないためにも、こういった作品は世界中で鑑賞されるべきだろう。

 本作の主人公は、「ヨーゼフ・メンゲレ」というアウシュヴィッツ強制収容所にいたナチスの医師である。彼は歴史上の表舞台に現れることはない。まして<死の天使>と呼ばれ、恐れられていた人物だということを知る人も多くはないだろう。1974年フランス生まれの作家、ジャーナリストのオリヴィエ・ゲーズは、2017年『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』を著わし、フランスで最も権威のある文学賞の一つであるルノードー賞を受賞している。本作の主人公は、「ヨーゼフ・メンゲレ」というアウシュヴィッツ強制収容所にいたナチスの医師である。彼は歴史上の表舞台に現れることはない。まして<死の天使>と呼ばれ、恐れられていた人物だということを知る人も多くはないだろう。1974年フランス生まれの作家、ジャーナリストのオリヴィエ・ゲーズは、2017年『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』を著わし、フランスで最も権威のある文学賞の一つであるルノードー賞を受賞し、ロシア生まれの監督キリル・セレブレンニコフがその著書を基に映画化した。

 簡単に物語を紹介すると、裕福な農業機械工場経営者のもとに生まれ、ミュンヘン、ウィーン、ボン大学という一流大学で、遺伝学、医学、人類学を学んだメンゲレは、優生学に取りつかれ、子どもたち、なかでも双子の子どもを対象に非人道的な実験を重ねた。ユダヤ人やナチスによって「非社会的」分子とされた人間を次々にガス室へ送り込んでいたのだ。第二次世界大戦終結後メンゲレは、イスラエルの謀報機関モサドの追跡を逃れるため、ヨーロッパから姿を消し、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルと偽名を使って逃亡を続ける。映像では、メンゲレの潜伏生活に焦点をあて、息子との対話と、モサドによる追跡を交錯させている。アウシュヴィッツ収容所での「過去」はカラーで見せ、「現在」はモノクロで描くという独自の手法で、メンゲレの深層心理を鑑賞者に伝えようとする構成だ。

 「戦争」の渦中に巻き込まれた人間は、日常生活、社会秩序や倫理観までもが覆され、何が善で何が悪かの判断が出来なくなってしまう。悲しいかなメンゲレは自分を悪の化身とは思っていない。なぜ自分だけが悪の象徴とされるのかと言い放つ始末。自らを正当化し、「ナチスは国民のためにあった」と、主張する。しかし、モノクロで描かれたメンゲレは、常に怯え、行き場のない苦しみの中にいた。


 

 メンゲレを演じたベルリン生まれのアウグスト・ディールは、役のオファーにかなり迷ったという。しかし、原作を読み、じっくり考えた末、出演を承諾した。
 1911年3月に生まれたメンゲレが亡くなったのは1979年2月。67年の生涯で半分は逃亡生活である。最期はサンパウロの海岸で海水浴中に脳卒中を起こし死去した。生存者がメンゲレについての証言を始めるまでも年月を要し、彼が世界的に知られるようになったのは、ずっと後のことである。

「私たちは本能的に、彼のような人間を〝怪物〟として、箱に閉じ込めようとする。しかし、この世界には、いまも多くの〝メンゲレ〟が存在し、悪はまさに現在進行形で起きている。私たちにできるのは、それが〝人間的なもの〟であると同時に、〝抑えることができるもの〟と意識すること。それこそが、私たちの責任である」

 と、演じたアウグスト・ディールは語る。

 
 メンゲレの故郷、ドイツ南部のギュンツブルクは、20世紀、メンゲレ一家の農耕機械工場で栄え、今でも父のカール・メンゲレの名を冠にした通りがあり、一時期は「メンゲレ都市」と呼ばれた。しかし、この街は2005年、高校生たちにより、「ヨーゼフ・メンゲレの手によって犠牲となった人びとのための警告碑」を設置した。「……過去をそのままにしておくべきではないし、そうしてはいけない。なぜなら過去が蘇って新たな現在になってしまうからだ」という箴言が刻まれているという。忌まわしき過去を見逃してはならないと、「大量の眼」の警告碑のモチーフが語りかけている。

 カンヌ国際映画祭で絶賛された本作、かつて戦争が生んだ一人の狂気と悪を、社会の無関心がのさばらせたことを冷徹に問いかけている。


死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ

2月27日(金) シネマート新宿、シネスイッチ銀座ほか全国公開

監督・脚本:キリル・セレブレンニコフ
原作:オリヴィエ・ゲーズ 『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』 (東京創元社・創元ライブラリ刊)
出演:アウグスト・ディール、マックス・ブレットシュナイダー、フリーデリケ・べヒト
2025年/フランス・ドイツ合作/ドイツ語・スペイン語・ポルトガル語/135分/モノクロ(一部カラー)/5.1ch/
原題:Das Verschwinden desJosef Mengele 英題:The Disappearance of Josef Mengele/
日本語字幕:吉川美奈子/字幕監修:柳原伸洋/R15+
配給:トランスフォーマー
HP:https://transformer.co.jp/m/shinotenshi/
公式X:@shinotenshifilm


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