20.09.28 update

「女優・江波杏子」さんとの時間 

仕事で私を泣かせたのは白井晃さんだけです(笑)。演出家の白井さんの言うことには説得力があり、本質をついているので、私自身も、そこに思いいたったからこそ自然と涙が出たのかもしれません。

 

 江波さんのあの存在感はいったいどこからくるのだろうか。確かに日本人離れした美貌と通りの良いお声が、その存在を大きく支えているのは事実だろう。だがそれ以上に私が思えるのは、ご自身がご自身であろうという強い意志が、江波杏子という女優を作り上げているのではないかと言うことだ。俳優の役へのアプローチは色んな形があると思う。自分自身を知り、自分という存在を軸に役と対峙する作り方。与えられた役に入り込み、役の色に染まっていく方法。どちらが正解とも言えないが、少なくとも私は、江波さんは前者のようなアプローチをされる方だと思っている。

 私の勝手な思い込みだが、江波杏子はまず女優・江波杏子であるのだ。そして、その女優・江波杏子が、一つの役といかに対峙するかをいつも考えておられる気がする。実はこれは大変難しいことであって、自らのことを客観的に見るしっかりとした目が無ければ成立しない。役と江波杏子との距離、他者が江波杏子に要求する像を測りながら役を演じていく。そうするために江波さんは、女優・江波杏子をしっかりとご自分の中に創造し強化する。まるでスポーツ選手が筋肉トレーニングをするように、音楽家がスケール稽古を繰り返すように、常に毅然とした佇まいであるよう努め、どんな役にも対応出来るよう豊富な知識を蓄える。人前で見せる凛とした、知的でクールな女優像はまさにその賜物なのだ。そこには大映映画でデビューした少女時代から叩き込まれた、「女優かくありき」という哲学があるように思える。

「どんな俳優もみんな白井マジックに魅せられ、白井さんの演出に身を委ねている」と江波さんが言えば、「江波杏子という厳然たる存在であり、それはちょっとやそっとでは身につかない積み重ねられた経験、美貌も含めての存在感の上に成立するもの」と白井さんが応える。
白井晃

 ある時仰ったことが忘れられない。「若い頃はね、女優たるもの人前でへらへら笑うものではない、そして沢山本を読めって先輩の監督たちに教え込まれたのよ」今の若い女優たちに欠けている、気品と知性はそんなところからくるのではないかと思うのだ。すなわち江波さんの存在感は、ご自分で努力して創られた存在力のなせる技なのだ。

 こんなことを書くとお叱りを受けるかもしれないのだが、普段の江波さんはクールどころか、とてもホットな方である。お酒もお強いし、飲んだら過去の俳優や芸術家たちとの交遊を熱く語ってくださるし、読書もお好きな江波さんは「あなた、あれ読んだことある? だめじゃない、読みなさい」と色んなことを教えて下さる。そうかと思えば「あなた、あの店のカレーパンが美味しいのよ」と、生活感溢れる情報を教えて下さったり、とてもチャーミングなご婦人の面もお見せになるのだ。

 その江波さんが、稽古場に来られる時は毅然とした女優・江波杏子である。自分に妥協せず、自分のやれることを精一杯尽くすその姿は清々しいとさえ言える。稽古場を出られる時は「ありがとうございました、失礼します」と丁寧におじぎをして去っていかれる。今なかなかお目にかかることの出来ない、気品のある女優の姿がそこにある。ああ、なんと素敵であろうか。

 私は、その後ろ姿を見ながら熱い思いを込めて願うのだ。江波さんが、今後も益々磨きをかけて、脂の乗った大女優の道を歩み続けてくださることを。


江波杏子
東京生まれ。1959年大映入社、60年「おとうと」で映画デビュー。66年初主演作『女の賭場』が大ヒットとなり、以後67年から『女賭博師』シリーズ17本がつくられ、大映の看板スターとなる。73年『津軽じょんがら節』でキネマ旬報主演女優賞。2011年毎日映画コンクール田中絹代賞受賞。近年の主な作品に、映画『ごくせんTHE MOVIE』『食堂かたつむり』『行きずりの街』『相棒 劇場版Ⅱ』『桜、ふたたびの加奈子』『地獄でなぜ悪い』『無花果の森』、テレビドラマ「大奥~華の乱」「ちりとてちん」「佐々木夫妻の仁義なき戦い」「ごくせん」「冬のサクラ」「離婚同居」「塚原ト伝」「カーネーション」「いつか陽のあたる場所で」「ぴんとこな」「スペシャリスト」、舞台『雨』『エレクトラ』『ガラスの動物園』『阿修羅城の瞳』『おはつ』『血の婚礼』『サロメ』『姉妹たちの庭で』『天守物語』『100歳の少年と12通の手紙』『101回のプロポーズ』『マイ・フェア・レディ』など多数の出演作がある。2018年10月27日逝去。享年76。


白井晃
俳優、演出家。早稲田大学卒業後、1983年から遊◉機械/全自動シアター主宰。02年の劇団解散後も俳優として舞台、映像で活躍すると同時に演出家としてオペラ、ミュージカル、ストレートプレイ、音楽劇と幅広く手がけている。14年4月よりKAAT神奈川芸術劇場アーティスティック・スーパーバイザーに就任。出演舞台に『ア・ラ・カルト~役者と音楽家のいるレストラン』(構成も担当)『オケプ!』『ファウストの悲劇』『国民の映画』『天日坊』『趣味の部屋』『兵士の物語』『マクベス』、演出舞台に『ファルスタッフ』『血の婚礼』『中国の不思議な役人』『ジャンヌ・ダルク』『天守物語』『GOLD~カミーユとロダン』『幻蝶』『オセロ』『音楽劇 ヴォイツェク』『9Days Queen~9日間の女王』『アダムス・ファミリー』『テンペスト』などのほか、映画や連続テレビ小説「マッサン」他テレビドラマの出演も多数ある。文化庁芸術祭賞、読売演劇大賞優秀演出家賞、湯浅芳子賞(脚本部門)など受賞歴がある。

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