20.08.17 update 昭和

飼い犬のいる生活は、昭和の家族の幸せな一枚のスケッチだった

明治・大正期の文豪が愛した、犬の物語

 犬が番犬や猟犬というより、ペットとして飼われるようになったのは近代になってからではあるまいか。

 〽ポチはほんとに可愛いな
の歌詞がある唱歌「犬」が作られたのは明治四十四年(1911)年だから、この頃から、犬を飼う習慣が始まったのではないか。

 近代の小説で、最初に犬が登場するので知られるのは明治四十年(1907)に発表された二葉亭四迷の自伝的小説『平凡』。

 少年時代の二葉亭がある夜中、犬の啼き声で目を覚ます。捨て犬らしい。玄関の格子戸を開けると、生れて間もない赤ちゃけた子犬が尻尾を振って、こちらを見上げている。

 幸い、母親も「まあ、可愛らしい」と言ってくれたのでこの犬を飼うことが出来る。ポチと名前を付けて可愛がる。少年と犬のあいだに〝友情〟が生れる。

 しかし、のちに野犬狩りにあってポチは殺されてしまうが。

 ポチという名前はフランス語のプティ(小さい)からとられたと思われるが、唱歌「犬」の名前もポチだったように、昔は、犬の名前といえばポチが定番だった。

 有島武郎に『家事とポチ』(大正十一年)という童話がある。

「僕」の家では大きな犬を飼っている。名前はポチ、冬の寒い晩、「僕」はポチが吠える声で目を覚ます。気がつくと家は火事になっている。ポチは吠え続け、家族みんなを起こす。

 おかげで家族全員が助かるのだが、みんなを助けたポチは死んでしまう。犬の死が「僕」の悲しい思い出になる。

 二葉亭四迷『平凡』のポチの死がそうだったように、それだけ犬が大事にされていることが分かる。

 夏目漱石というとすぐに猫を思い出してしまうが、この文豪は犬も飼っていた。

 随筆『硝子戸の中(うち)』(大正四年)によれば漱石は友人から子犬をもらい、それを可愛がった。名前はへクター。『イリアッド』に出てくる勇将の名から取った。ポチに比べると立派だ。

 そのヘクターがあるとき、行方不明になってしまう。一週間ほどたって、近所の人が、その家の池に死んだ犬が浮いていると知らせてくれる。ヘクターだ。

 漱石は庭に墓を作ってやり、小さな墓標に一句書く。「秋風の聞こえぬ土に埋めてやりぬ」。夏目家でも犬が大事にされていた。

1 2 3

新着記事

  • 2026.03.16
    篠井英介に職業俳優の女方として生きていく覚悟を決め...

    東京・大阪公演

  • 2026.03.16
    ちょっと贅沢な箱根温泉の〝日帰り旅〟の一日は《箱根...

    応募〆切:5月10日(日)

  • 2026.03.16
    中村雅俊、秋野太作、田中健、岡田奈々「俺たちの旅」...

    追加公演決定!

  • 2026.03.13
    東京芸術劇場初代芸術監督 野田秀樹の公演活動を振り...

    3月24日(火)~31日(火)

  • 2026.03.13
    箱根〈彫刻の森美術館〉の新コレクション、草間彌生の...

    4月19日~11月1日

  • 2026.03.13
    【お出かけ情報】参加費無し、いつでも参加できる、縛...

    京成グループ沿線ウォーキング

  • 2026.03.12
    【お出かけ情報】心ときめく春のご褒美、ホテルのアフ...

    贅沢なお出かけ!

  • 2026.03.12
    美人薄命─昭和の歌姫・本田美奈子はデビュー曲の「殺...

    本田美奈子「殺意のバカンス」

  • 2026.03.11
    「京成ドリームトレイン」子どもたちの夢を乗せて快走...

    子どもたちの夢の詰まった電車

  • 2026.03.11
    熊本地震から10年、「熊本城―守り継がれた名城40...

    応募〆切:4月5日(日)

映画は死なず

特集 special feature  »

今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三...

藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残目録」の章

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松宗雄が語る誕生秘話〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松...

〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎ポートレートの美学

秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial