22.12.26 update 女優

岡田茉莉子の始まり

文=四方田犬彦

2010年10月1日号 PERSON IN STYLE《美しいとき》より


昨年(2009年)上梓された岡田茉莉子さんの著書『女優 岡田茉莉子』は岡田さん自身の自伝であると同時に、女優論、映画論まで語られているスケールの大きい本である。
出演した映画、テレビ、舞台の記憶が掘り起こされ、役柄や演技のことまでがきちんと記録されている。それは、公私にわたるパートナーである吉田喜重監督の芸術家論にまで及ぶ。
曖昧さを一切排除した、知性的で明晰な文章で綴られる時代の証言。
そこから、岡田茉莉子という女優が、極めて客観性を持った人物であることが浮かびあがってくる。

 岡田茉莉子という女優は実に多くの顔をもっている。お侠(きゃん)な鮨屋の娘から大新派メロドラマの主役まで、また世界の最前線にある前衛作品のヒロインから軽快なコメディエンヌまで。およそ日本映画のなかでこの人ほどその端から端までを踏破しきった女優もいないと思う。誰もが彼女の美貌と高雅な雰囲気を口にする。だがわたしはもうひとつ、彼女が類まれなる知性の人であるといい添えておきたいと思う。つねに自分の演技を分析し、自分を作り変えていく意志の運動を、その半世紀を越える俳優としての人生に感じるのだ。

 わたしはある時まで三島由紀夫とその周辺にいた人たちの創る文学や映画に強く魅せられてきた。村上一郎や増村保造といった思想家や映画監督の作品には、どこかで三島と同じ時代を生き、その声に身近に接していた人に独特の雰囲気があった。それがいつ頃からか、谷崎潤一郎の世界に迷いこんでしまうようになり、すると奇妙なことに、谷崎世界の近傍にいる芸術家に知らずと心が向うようになった。というよりある人に強く心惹かれることがあって調べていくと、その人の生涯のどこかに谷崎が重要な道標として登場していたと気付くことが、最近よく多くなったのである。
 わたしは偶然のことから、『痴人の愛』のナオミのモデルといわれる女優、葉山三千子を、最晩年に病床に見舞ったことがあった。また谷崎を深く敬愛し、その戯曲や短編を映画化した武智鉄二について、シンポジウムを開くことになった。谷崎との出会いがなかったら、この人たちの人生はまったく異なった、凡庸で取るに足らないものになっていたかもしれない。逆にいえば、谷崎は人の内側に眠っている才能を本能的に見抜き、作家に独自の直感からそれに方向を与えるろいう力に長けていたということもできる。わたしが今日心躍らせる多くのものごとの根源に谷崎が位置していると考えることは、彼の遺した作品の危険な美しさとは別に、大切なことのように思われる。岡田茉莉子さんもまた若き日に谷崎に出会うことで、女優としての道を歩み出した人だった。

1 2 3

新着記事

  • 2026.03.16
    篠井英介に職業俳優の女方として生きていく覚悟を決め...

    東京・大阪公演

  • 2026.03.16
    ちょっと贅沢な箱根温泉の〝日帰り旅〟の一日は《箱根...

    応募〆切:5月10日(日)

  • 2026.03.16
    中村雅俊、秋野太作、田中健、岡田奈々「俺たちの旅」...

    追加公演決定!

  • 2026.03.13
    東京芸術劇場初代芸術監督 野田秀樹の公演活動を振り...

    3月24日(火)~31日(火)

  • 2026.03.13
    箱根〈彫刻の森美術館〉の新コレクション、草間彌生の...

    4月19日~11月1日

  • 2026.03.13
    【お出かけ情報】参加費無し、いつでも参加できる、縛...

    京成グループ沿線ウォーキング

  • 2026.03.12
    【お出かけ情報】心ときめく春のご褒美、ホテルのアフ...

    贅沢なお出かけ!

  • 2026.03.12
    美人薄命─昭和の歌姫・本田美奈子はデビュー曲の「殺...

    本田美奈子「殺意のバカンス」

  • 2026.03.11
    「京成ドリームトレイン」子どもたちの夢を乗せて快走...

    子どもたちの夢の詰まった電車

  • 2026.03.11
    熊本地震から10年、「熊本城―守り継がれた名城40...

    応募〆切:4月5日(日)

映画は死なず

特集 special feature  »

今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三...

藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残目録」の章

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松宗雄が語る誕生秘話〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松...

〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎ポートレートの美学

秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial