わが昭和歌謡はドーナツ盤

<学園祭の女王>から<シティ・ポップの女王>になったエキゾチックな魅力が漂う杏里。デビュー曲「オリビアを聴きながら」は、世代を越えて愛され続けるスタンダード・ナンバー!

 リリース当初は、際立ったヒットではなかったが、制作者の尾崎もアルバムでセルフカバーしコンサートでも歌い続け、杏里自身もアルバムで再収録を重ね、さらに松本伊代、岩崎良美、後藤真希、沢田知可子、徳永英明、稲垣潤一、上白石萌音ら多くのアーティストにカバーされ、スタンダード・ナンバーへと成長していった名曲である。

 杏里の再収録には、セリーヌ・ディオンも見出したカナダの音楽プロデューサー、デイヴィッド・フォスターがピアノで参加したバージョンや、ジャズ・ヴァイオリニストの寺井尚子を迎えたバージョンもあり、円熟していく杏里の変遷を聴くことができるのも曲の持つ魅力のひとつなのだろう。

 発売から20年近くたった1996年(平成8)の第47回紅白歌合戦では、歌い継がれる名曲として杏里自身が初披露。杏里にとっては、83年に「CAT’S EYE」で初出場してから2度目の登場で、対戦相手は、「夢一夜」を歌った南こうせつだった。

 ところで、洋楽に疎い私は本楽曲でオリビア・ニュートン=ジョンの名前と曲が一致し、オリビアファンになった。「カントリー・ロード」「そよ風の誘惑」「愛の告白」、「愛のデュエット」「愛すれど悲し」「想い出のサマー・ナイツ」「Physical」など繰り返し聴いた。

「オリビアを聴きながら」のサビにあたる「making good things better」の箇所は、1977年のオリビアのアルバム『MAKIND A GOOD THING BETTER』に由来するものだということも知った。

 ブロンズのレアーカットがよく似合い、ハイトーンボイスの清らかな歌声が聴くものを癒す清楚なオリビアから、「Physical」では、セクシーな一面を見せるなど、時代とともに進化した世界的なスターだ。女優としても活躍し、映画『グリース』(1979)では、ジョン・トラボルタと共演し、アカデミー賞を受賞するなど世界を魅了した。ところが、オリビアは40代から乳がんの闘病を続けることになるのだ。がん研究と治療の進歩を訴え、自身がオーストラリアのメルボルンに総合がんセンター「オリビア・ニュートン=ジョン ウェルネス・リサーチセンター」を設立し、がんを治すために植物由来の薬や治療法のため尽力した。残念ながら2022年8月8日に帰らぬ人となった。73歳だった。その時のニュースで、オリビアの祖父はノーベル物理学賞を受賞した、マックス・ボルンという、学術一家の出身だったことにも驚かされた。


 最後に、「オリビアを聴きながら」の生みの親である尾崎亜美に触れたい。2年ほど前、「あの素晴らしい歌をもう一度 2024」のコンサートで尾崎の生バージョンを聴く機会に恵まれた。このコンサートは、2018年から開催されていて、きたやまおさむ(作詞)と加藤和彦(作曲)が連名で発表した楽曲「あの素晴らしい愛をもう一度」からきている。友人に誘われ初めての参戦だったが、加藤とゆかりのある北山修、松山猛、杉田二郎、岡崎友紀、トワ・エ・モア、森山良子、イルカ、クミコなど懐かしい面々だった。観客も言わずもがなである。

 ピアノで弾き語りをする尾崎は、声帯の手術をした後だったので、同じように声を出せるのか心配していたが、ハスキーボイスに磨きがかかり、胸が熱くなった。杏里とはまた違う「オリビアを聴きながら」に酔い痴れた。

 本曲がリリースされた1978年当時の環境は、連絡手段は電話かもしくは手紙。現在では発信元がわからないような夜更けの電話なんてありない。そこがまた奥ゆかしくもあり、若い世代にも高い人気があるようだ。名曲は時代が変わっても色褪せない、その時々の想い出とともに生き続けている。

文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫

 

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