
1975年2月5日にリリースされた「22才の別れ」はオリコン・シングル・チャート1位を4週連続記録し、年間チャートでも7位にランクインし、約71万の売上の大ヒットとなった。累計売上はミリオンセラーに達する。耳なじみのいいギターのアルペジオで始まる印象的なイントロは、当時、ギターを手にした誰もが挑戦していた。そして、仲間が集まる飲み会や、カラオケなどでは同世代の若者たちの定番の楽曲だった。
歌ったのは<風>という、<かぐや姫>にいた伊勢正三と、<猫>の大久保一久が75年に結成したフォーク・デュオで、<風>のデビュー曲である。<猫>は、吉田拓郎作詞・作曲の「雪」や「地下鉄にのって」(作詞は岡本おさみ)などで知られるフォーク・グループ。作詞・作曲は伊勢正三で、伊勢にとっては初めてプロとして作曲を担当した曲だった。印象的な編曲は、アリス「チャンピオン」、さとう宗幸「青葉城恋唄」、森山良子「さとうきび畑」などの編曲も手がけた石川鷹彦による。
そもそもはかぐや姫が74年にリリースしたアルバム『三階建の詩』のために伊勢が書いた2曲のうちの1曲(もう1曲は「なごり雪」)だったがかぐや姫のシングルとしては発売されなかった。その後84年にかぐや姫バージョンもリリースされる。編曲は中島みゆき「地上の星」、中森明菜「サザン・ウインド」、長渕剛「順子」などの編曲も手がけている瀬尾一三だった。今から50年以上も前にリリースされた曲で、当時20代だった若者たちも、すでに70代だと考えると時の流れの速さを感じさせられるが、50年前のこの曲は、今、自身の想い出の記憶と共に70代で聴いても新鮮に響くだろう。
<風>の活動期間は、75年から79年までで、その間にシングル6枚、オリジナル・アルバム5枚をリリースしている。最初のオリジナル・アルバム『風ファーストアルバム』がリリースされたのは75年6月5日で、オリコン・チャートで1位を記録した。76年1月25日リリースの2枚目のアルバム『時は流れて…』も1位、76年11月25日リリースの3枚目『WINDLESS BLUE』は3位、77年10月25日リリースの4枚目『海風』は1位、そして最後のアルバムとなる78年10月5日にリリースされた『MOONY NIGHT』は2位と、いずれもセールス的にも大成功を収めている。そして、79年4月25日にリリースしたセルフカバーベスト『Old Calendar~古暦~』の発売後に、それぞれのソロ活動に向けて突然活動を中止した。このアルバムは全曲新録音によるもので、活動期間中にリリースされた唯一のベスト盤としても音楽ファンの記憶に刻まれている。
「22才の別れ」に続き、アルバム『時は流れて…』からの先行で2枚目シングルとして75年12月10日にリリースされた「あの唄はもう唄わないのですか」は、ビッグ・ヒットには結びつかなかったが、恋愛真っ只中の20代の若者たちや、好きな人との別れを体験した30代、40代の人たちの心にも響く歌だった。別れて一年経ち、新聞の片隅に見つけた〝あなたの〟リサイタルの記事。彼女は実は去年もひとりで誰にも知られずに一番後ろで観ていた。私のために作ってくれたと今も信じている〝あの唄〟をもう一度聴きたくて。私にとっては想い出なのに、あの唄はもう唄わないのですか、と心の中で問いかけてみる。フォークソングブームのさなかに描かれる、フォークシンガーと思われるその恋人との愛と別れを想像させられる。リサイタルの記事が載るのは新聞の片隅だから、ミュージシャンとしてそれほど成功しているとは思えない彼。あなたがあの唄を唄わないのは、何か心に痛みを抱えているからなのか。シチュエーションは違うが、どこかかぐや姫の「神田川」にも通じる、時代の恋人たちの切なさがしみる曲だ。作詞・作曲は伊勢正三、編曲は石川鷹彦が手がけている。

そして、今回紹介する「ささやかなこの人生」は、76年6月25日にリリースされた3枚目のシングルで、作詞・作曲を伊勢正三が、編曲は瀬尾一三が担当している。チャートのベストテンには届かなかったが、ぼくのなかでは<風>といえばこの曲であり、「22才の別れ」「あの唄はもう唄わないのですか」「ささやかなこの人生」と聴いていると、勝手に「風三部作」のような味わいを感じている。ぼく同様に、この曲を<風>の代表曲ととらえている人も少なくない。












