もうひとつの植木等の美点は、その溢れんばかりの〈サービス精神〉にある。
小松政夫さんと話していると、心の底から植木等が好きであることがひしひしと伝わってくる。自動車のセールスマン時代、ビヤホールの支配人に一万円のチップを渡してまでも「シャボン玉ホリデー」を見る席を確保していたというエピソードは、その最たるもの。小松さんに関しては、あまりにも植木愛が激しいことで、ご家族にも疎まれたという話もあるほどだ。
だからこそ小松さんは初代付き人(実際は「運転手兼私設秘書」)の選考に合格したのだろうし、自分を大好きでいてくれる小松政夫を植木等は大事にしたのであろう。
自主映画への出演依頼に際し、「いかに植木等を子供時代から好きだったか」切々と述べた筆者に対しても、植木さんはとびっきりの笑顔とサービス精神をもって接してくださった。どなたに伺っても、いろいろな場面で厳しい一面を見せていた植木さんにもかかわらず、である。
持参した筆者とっておきのレコード、パンフレットの類に、漏れなくサインをしてくださったばかりか、小中監督をはじめとした撮影スタッフ(中には「スペクトラム」出身の今野多久朗がいた)にも、まるで本職のスタッフのように接してくださった植木等さん。その心優しさは、今も忘れられない。

思えば、植木等がたった一人に向けた〈ファン・サービス〉を享受した数少ない人間が、小松政夫さんと筆者だったのかもしれない(後編に続く)。

※1 なにゆえに筆者が主演なのかと言えば、製作費(ほとんどがフィルム代と音楽録音のスタジオ代)を全て捻出したからである。
※2 1985年に植木は、「人間にはやりたい事と、やらなければならない事があります。幸か不幸か、私がやりたい事とやらなければならない事が接点をもつに至りました」とコメント。「無責任男への迷い」を捨てたのがご自身の病気入院時だったこと(「東宝映画スタア☆パレード」第18回参照)については、NHK-BS『夢を食べつづけた男』(2007)で自ら証言している。
※3 ハナ肇が肥溜めに落ちるのは、坪島孝監督作の『だまされて貰います』(71)。下ネタならハナ肇にお任せ?
高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。











