私を映画に連れてって

第33回【私を映画に連れてって!】永遠のゴジ「唯一無二の監督死す」追悼:長谷川和彦監督


1981年にフジテレビジョンに入社後、編成局映画部に配属され「ゴールデン洋画劇場」を担当することになった河井真也さん。そこから河井さんの映画人生が始まった。『南極物語』での製作デスクを皮切りに、『私をスキーに連れてって』『Love Letter』『スワロウテイル』『リング』『らせん』『愛のむきだし』など多くの作品にプロデューサーとして携わり、劇場「シネスイッチ」を立ち上げ、『ニュー・シネマ・パラダイス』という大ヒット作品も誕生させた。テレビ局社員として映画と格闘し、数々の〝夢〟と〝奇跡〟の瞬間も体験した河井さん。この、連載は映画と人生を共にしたテレビ局社員の汗と涙、愛と夢が詰まった感動の一大青春巨編である。
 

 
 長谷川和彦監督(通称:ゴジ)が亡くなった。
『青春の殺人者』(1976)、『太陽を盗んだ男』(1979)のたった2本の映画を残して。

 大学生の時に、この2本の映画を池袋などの名画座で何回も観た。今でも同じ映画は複数回観ることはそんなに多くないが、この2本は観客として、ぴあを片手に上映場所を転々とした。

 先日、公開から25年経った『ヤンヤン夏の想い出4K』が、ソウルで40スクリーン以上で上映することになり、エドワード・ヤン監督もいない1人キャンペーンだったので20数回の舞台挨拶や、トークショーなどを行なった。どこも盛況だったが映画館は20~30代の観客が圧倒的だった。中国でも、教科書に載ったこともあり、今、映像志望の学生たちはヤンヤンが「映画の教科書」のように思われている。

 ぼくが学生の頃も、そんなことで長谷川監督の2本を何度も観に行ったのだろうか。ビデオも配信も無い70年代、映画は劇場で観るのが当たり前だった時代。

 何故かフジテレビに入社し、いきなり『南極物語』(1983)に関わり、3年目に公開を迎えた。

 勿論、大ヒットに向けてまっしぐらだったので、ある達成感はあったように思う。ただ、『太陽を盗んだ男』を初めて観たときの感動とは違う。

▲1979年公開の沢田研二、菅原文太共演映画『太陽を盗んだ男』は、それまでの日本映画にはない毒のある、壮大な娯楽アクション映画との評判を呼んだ。DVDの発売時にコメントを求められ、パッケージ内冊子に紹介されている筆者のメッセージ。「21世紀にこの凄い映画を凌駕する日本映画に出会うことができるだろうか。長谷川和彦監督自身に、新たな扉を開いてもらうしかないかもしれない。」

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