私を映画に連れてって

第34回【私を映画に連れてって!】配信作品は映画ではないのか? [映画]と[ネットフリックス作品]との境目


1981年にフジテレビジョンに入社後、編成局映画部に配属され「ゴールデン洋画劇場」を担当することになった河井真也さん。そこから河井さんの映画人生が始まった。『南極物語』での製作デスクを皮切りに、『私をスキーに連れてって』『Love Letter』『スワロウテイル』『リング』『らせん』『愛のむきだし』など多くの作品にプロデューサーとして携わり、劇場「シネスイッチ」を立ち上げ、『ニュー・シネマ・パラダイス』という大ヒット作品も誕生させた。テレビ局社員として映画と格闘し、数々の〝夢〟と〝奇跡〟の瞬間も体験した河井さん。この、連載は映画と人生を共にしたテレビ局社員の汗と涙、愛と夢が詰まった感動の一大青春巨編である。
 

 
 今年の1月に『ヤンヤン夏の想い出4K』の公開プロモーションに行って、韓国映画界が大きな変換期にあることを教えられた。

 映画界は21世紀に入り、大きく成長し『殺人の追憶』(2003/ポン・ジュノ監督)あたりから世界に通用する映画、賞も獲り、国内でも1000万人動員の大ヒット映画を連発するようになる。その総仕上げ的な映画がカンヌ映画祭パルムドール、アカデミー賞作品賞で大ヒットした同監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019)であろう。

 私はそのチャ・スンジェプロデューサーから誘われ、韓国の『殺人の追憶』の撮影現場にいて、翌年、同プロデューサーと一緒にソル・ギョング主演の『力道山』(2004/ソン・ヘソン監督)を共同製作することになる。『殺人の追憶』のスタッフの一部が『力道山』に参加しているが、この時、日本映画の「何か」を韓国が超えた気がした。ポン・ジュノ監督やソン・ヘソン監督は熱烈な今村昌平監督の信奉者であり、本来なら日本映画がずっとアドバンテージを持っていたいと願うところだが、その時辺りから、日本映画の活力のようなものを韓国が凌駕していったような感じもした。

▲ポン・ジュノ監督の長編2作目となる2003年公開の韓国のサスペンス映画『殺人の追憶』。1980年代後半に、10人の犠牲者を出した華城連続殺人事件を巡る刑事たちを描いた、96年初演舞台のキム・グァンリムの戯曲『私に会いに来て』を原作としている。韓国の重要な映画賞である大鐘賞で最優秀作品賞、最優秀監督賞、そして『シュリ』『パラサイト 半地下の家族』『ベイビー・ブローカー』のソン・ガンホが最優秀主演男優賞を受賞した。東京国際映画祭でも最優秀監督賞を受賞。『私に会いに来て』は、2019年に日本でも舞台化され新国立劇場で上演された。

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